白鬚神社、節分祭の記憶の話


節分の話。

そろそろ節分である。みんなはどのように過ごすのだろうか?

私は、過去の記憶を思い返すと節分の時は殻付きの落花生を撒いた。

それは、私が保育園に通っていたくらいの年齢から小学校低学年くらいまでやっていた気がする。

何故ならば、片付けるのが楽だからだ。30代になって結婚し、改めてそう思う。

豆まき用の市販の豆と違って、散らばっても大きくてわかりやすいし、殻を剥いて食べることができるから私の親はそのような方法をとっていたに違いない。

それに、小さい豆だと踏んづけた時に足の裏が痛いしね。

鬼のお面は、スーパーで豆を買うともらえることが多かった。

ほとんどは紙でできた鬼の面だ。子供向けに漫画的かつポップな鬼の顔が描かれている。

「節分祭」は地元では今も根強く残っている。

毎年、新年になると地元の掲示板に「**神社、節分祭 2月3日」みたいなポスターが出現する。

過去の話になるが、私が10歳くらいの年齢の時に、神社の「節分祭」を見に行ったことがある。

興味を惹かれたのだ。「一体、この神社で何が起きるんだろう?」と。

いざ、実際に「節分祭」に行ってみる。私は白髭神社に行った。この神社は地元の町会の氏神だ。

すると、境内には人だかりが出来ていて、皆、神楽殿(注!神楽を舞ったり、芸を披露する舞台みたいなところ)の前に100人くらいの人がひしめき合っていた。

予定の時刻になると、簡単な挨拶が宮司から行われ、その後、「鬼はー外ー!!!」と、いう声とともに神楽殿の舞台上から何かが撒かれた。

それを、集まっていた人々が空中でキャッチしたり、拾ったり、取り合ったりしていた。

よくみると、それは豆やお菓子だった。

豆は厳重に透明なビニールに包まれ、お菓子はパッケージのまま、とにかく駄菓子の類だった。

私も他の参拝客同様、必死に豆やお菓子をキャッチしようとした。

当時はまだ子供だったので、身長もそれほど大きくなく空中キャッチは至難の技だった。

そのため、私は地面に落下した豆を拾いまくってゲットしていた。

そんな記憶だった。

さて、白髭神社に話が移るが、墨田区の白髭神社公式サイトの解説を見ると、この神社はどうやら千年余り前(西暦951年)に琵琶湖の湖畔にある白髭神社から分社したものらしい。

墨田区の旧・寺島町にあたる地域の氏神で、主祭神は猿田彦大神。ご利益は、旅立ち安全、交通安全、商売繁盛、方災除とのこと。

豆まきは、古来から無病息災と厄除けを願う行事。ウィキペディアに掲載されていた伝説によると、鞍馬山の僧正が豆をぶつけて鬼の目を潰して撃退したとか、

古来から「穀物には凄い力が宿る。」と民衆に信じられていて「魔を滅する。」をもじって「魔滅」すなわち「豆」を退魔に使ったのが由来だそうだ。

また、地域によっては、「ごもっとも、ごもっとも。」と相槌を打ったり、かわらけ(陶器のかけら)を身代わりとして割ったり、破魔矢を射ったり、とにかく多種多様らしい。

(ちなみに私は、ヒイラギの葉っぱにイワシの頭を刺す魔除けは地元で1軒だけ見たことがある。)

豆まきや豆を食べることは普通に好きだが、恵方巻きは私は正直食べづらい。なので、あれは全然買っていない。

違う風習が流行れば小売店の在庫リスクも減るのにね・・・と思う今日この頃であった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です