桂歌丸さんの献花台へ行った話

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こなみです。

多少の脚色をしていますが、今から書く内容は2018年の7月初めの話です。

私、沖P、友人のM監督の計3人で横浜の真金町に行った話です。

沖P「こなみ、Mからお知らせだ。」

私「M監督から?どうしたの?」

沖P「俺と君とMの3人で、桂歌丸さんの献花台に行くぞ。」

私「あっ、歌丸さん?亡くなったもんね・・・。」

沖P「場所は横浜の真金町だ。Mの奴、渋谷にいるから、そこに集まって、3人で横浜に行く。」

私「オッケー、わかった。」

そんな感じで、3人で真金町の「横浜橋通商店街」へ行ってきました。

道中は、M監督の車に乗せてもらい、高速道路で羽田・横浜方面へブっ飛ばして行きました。

ちなみに車内BGMは、少年ジャンプで連載されていた漫画アニメの主題歌や色々なアニソンです。

真金町に着くとM監督は駐車場に車を停め、3人とも降りました。

町には並木道が整備され、住宅地の中には金刀比羅の神社があったり、車道に面した所には売価の安い食堂がたくさんありました。

商店街は大変賑やかなところで、とにかく活気があふれていました。私は入り口付近にあった花屋に入り、お供え用の菊の花束を買いました。

私「すみません、この花を歌丸さんに供えたいんですけど、献花台って、どの辺にあるんですか?」

店主「それなら、この先をまっすぐ道なりに歩くとありますよ。」

私「ありがとうございます。」

商店街を歩くと、アーケード内にBGMとして歌丸さんの落語が流れ、屋根には「歌丸師匠、本当にありがとう。心よりご冥福をお祈り致します。横浜橘商店街」という大きな横断幕が張られていました。

しばらく3人で歩いていると、「肉のむらた」「理容室きゃらばん」の近くに献花台があり、30人くらいの長い行列ができているのが見えました。

列は、地元自治会の男性らしき人が整理し、参列者ひとりひとりに白い花を1輪ずつ献花用として渡していました。

3人とも行列の最後尾に並び、花を供えて合掌し、献花台をあとにしました。 

平日とはいえ、献花台には20~30人くらいの人が絶えず参列していました。

歌丸さんが亡くなったのは、あまりに突然だったので私は正直驚きました。私は、世代的には5代目円楽さんの司会の頃からテレビで「笑点」を見ていました。

歌丸さんの司会の笑点は特に好きでした。出演している噺家たちのキャラ立ちがハッキリしていたので。

まとめると、だいたいこんな感じです。(6代目円楽はあえて楽太郎と表記します。)

歌丸・・・緑担当。老噺家。痩せてる。主に楽太郎によって「死ネタ」に使われる。お婆さんのカツラを被ると凄く似合う。

小遊三・・・水色担当。自称イケメン。泥棒キャラ、明るい下ネタ。

好楽・・・ピンク担当。自称貧乏。ボヤき芸と「したり顔」が多い。

木久扇・・・黄色担当。自称おバカキャラ。ダジャレが多い。

昇太・・・白担当。自称もてないキャラ。よくヨイショをし、噛む。

楽太郎・・・紫担当。自称・腹黒で友達がいないキャラ。社会風刺の効いた笑いをとる。最も歌丸をネタにし、「死ネタ」で笑いをとる。

たい平・・・オレンジ担当。歌ネタと声帯模写とオネェキャラの物真似が得意。山田をよくネタにする。

山田・・・座布団運び。凄まじく音痴な歌で毎回登場する。

笑点では、歌丸さんと楽太郎との戦いが面白かったです。

毎回、楽太郎が「死ネタ」や「だまれジジィ!」など失礼なオチを言うと座布団を容赦なく没収されていました。

私はこの2人の戦いや、「歌丸ジェノサイド」と言われる座布団全員没収の様子が凄く好きでした。

歌丸さんは生前から存在感が強かったので、亡くなった後もまだどこかで生きている感じがしていました。

突然の訃報には驚きましたが、それほどズーンと寂しくはなかったです。

商店街の風景は、昭和の雰囲気を残しつつ、魚屋、肉屋、青果店などがあり、細い路地裏がなんとも渋かったです。

八百屋さんと肉屋さんの販売する商品の売価が東京都心部と比較してかなり安い印象でした。

また、80円鯛焼きや、90円の焼き鳥があり、食べ歩きやすいものを販売する店がありました。沖PやM監督は、コロッケなどを買って、食べていました。歩いていて、楽しくて面白い町でした!

横浜市なのですが、町の雰囲気としてはなんとなく東京の下町に似ていました。

横浜橋通商店街の最寄り駅は、横浜ブルーライン線の阪東橋駅です。

駐車場もあちこちあるので、車で遊びに来る方にもおすすめです。

次に来る時は、もう少し時間をかけて商店街のお店を見て回りたいですね。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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