3月21日の日記

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こんばんは。こなみです。

2019年3月21日。春分の日です。私事の日記です。

天気は、雨のち快晴。春から初夏のような暑さになりました。

季節的にお彼岸なので、母方の祖母の墓参りに行きました。

港区の専称寺にて墓参りをしたのち、伯父の家を訪問しました。

伯父の家は道路の拡幅工事で建て替えられ、ローン付きの新築になっていました。

伯父によると、建て替える以前の家は1960~70年代ごろに買った家とのことで、元々はセブンイレブンだったそうです。

以前の家の持ち主が、何らかの事情で店を続けられなくなり、家ごと売ったのだとか。

また、私の母が父と結婚後、私の父が風呂場のタイル貼り作業をしたと、母方の伯父が言っていました。

その家に母方一家が来る前、母方一家は三田に住んでいたとのことでした。

母の誕生年が1945年で、伯父が数年ほど年上なので、少なくとも1940年代の頃から、三田の街に住んでいたはずです。

母が言うには、母方一家は三田に東京タワーが立つ以前から住んでいて、昔(1950年代)は増上寺のあたりは鬱蒼とした雑木林があったのだとか。

また、渋谷や原宿は2019年現在と比べると、1950~1960年代は非常に落ち着いた住宅街だったそうです。

上品な屋敷があちこちにあるようなところで、トロリーバスが走っていたと母が言っていました。

また、2019年現在でいう「ラフォーレ原宿」の辺りには、昔(1950~1960年代)に「甘露寺さん」という苗字の家があったとのことでした。

「その家は、当時は大きな生垣があって中の様子はよく見えなかった。」と私の母は言います。

母情報によると、「明治神宮の宮司の家という噂がある。」とのことです。

2019年現在、ネットで「甘露寺」という苗字を検索すると確かに「甘露寺さんは明治神宮の宮司」という情報が出てきます。

現在となっては、その家は無くなっているらしいので、確かめるには文献や原宿をよく調べるしかないのですけどね。

話が逸れました。

伯父の新築を観てきました。

施工は8ヶ月。私が予想した期間より早く新築が完成されました。

お風呂は、古い家の風呂と比較すると1.5倍の大きさになり、足が伸ばせるサイズになりました。

洗濯機は2層式だったのが、斜めドラム式になり、部屋には床暖房とエアコンが付いていました。

伯父が言うには、家を建てる時に見積もりを作る作業が大変とのことで、施工業者がいちいちオプションや費用も細かく確認するので、面倒になって丸投げしたところもあったそうです。

伯父には子供(私から見てイトコ)がいますし、細かいところは子供が見たと推測します。

まぁ、とにかく新築が立って良かったです。

伯父の家にお邪魔した後、私と母はダイシン百貨店へ行きました。

そこは、現在はドン・キホーテ大森山王店になっています。

私が幼い頃、祖母の家(旧・伯父宅)に遊びに行くたびにダイシン百貨店に行っていたので、現状を知りたかったのです。

山王の商店街は昔と変わらない雰囲気でした。

しかし、ダイシン百貨店の面影は完全に消え去って、ドン・キホーテになっていました。

なので、私は非常に寂しく思いました。

駅へ続く坂道を登り、暑さで親子共々クタクタになり、駅前のベッカーズカフェでお茶をしたのち、帰宅。

母が言うには、「最低でも後5年~10年は生存したい。」とのことでした。

母は時々サラッとそう言うことを言うので、その点が嫌です。

いや、祖母(母の母)が100歳まで生きたんだから、生きろよ。生に執着しろよと思いました。

また、私はそういった言葉を聞くたびに、「早く入籍して子供産まなきゃ」とか「早く売上を作らなきゃ」とか思ってしまうので、焦るのです。

私は、「母が生きている間に急いで作品を作らなきゃ。」と思います。

・・・自分の人生なんですけどね。孫を見せられないのって、なんか嫌ですし。

私は私が生まれる前に祖父を亡くしているので、自分はそういったことはしたくないんですよね。

だから、なるべく母が生きている間にどうにかしたい。

とりとめのない話になりましたが、今回はこれで終わります。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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