水平ノートおじいちゃんの講演会の話

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こんにちは。こなみです。

都立工芸高等学校にて、「水平に開くノート」を発明したおじいさんの講演会を聴きに行きました。

話のあらすじと、感想を書きます。

「あらすじ」

発明者(主人公)は、中村輝雄さん(1943年生まれ)。

工芸高等学校の印刷科(現在ではグラフィックアーツ科)の出身であり、

高校を卒業後、中村さんの父の急逝により家業である印刷会社「中村印刷所」を中村さんは2代目として継ぎました。

ご本人が言うには、本当は大学に進学したかったとのことですが、家族を支えるために働かねばならなかったとのことでした。

昭和時代は、活版印刷が主流。当時の最高出力は1分間に約40〜50枚の印刷とのこと。

外から印刷工場の音が、「パタンコン、パタンコン」と聞こえてきたそうです。

時は流れてバブル崩壊後、中村さんの印刷会社では色々と変化がありました。

活版印刷→オフセット印刷に代わった。

技術的な理由としては、昭和時代まで活版印刷に出来ていた薄いものへの印刷が、

オフセット印刷でも可能になったため、オフセット印刷が急速に普及したそうです。

ちなみに、活版印刷の方がオフセット印刷よりも使用するインク量が少なくて済むとのことです。

年賀状→印刷屋ではなく写真屋など他の店が年賀状印刷の仕事をし始めた。

簡単に言うと、他の業種に仕事を取られた状態です。

伝票→電子化した。

これは技術革新による変化です。

時代的に平成は急速にパソコンが普及して進化したので、こういうことも起きます。

昭和時代や、平成時代の一部の会社では複写式の手書き伝票が使われていましたが、

現在は電子化が進んでいるため、紙の伝票も無くなりつつあります。

中村さんは平成の不況の中、唯一売上が伸びてるものを発見します。

それは、ノートでした。

中村さんは、ノートを作って売ることを画策します。

ノートを作るには、「フィルム」というものが必要です。

「フィルム」は、印刷業で言うと出力会社という会社に依頼して作ってもらいます。

中村さんが言うには、とある出力会社に「フィルム」の出力を依頼すると、1枚600円という費用がかかるとのことです。

それは、費用として非常に高いです。

中村さんは、フィルムの費用を抑えるため、自ら「紙フィルム」というものを開発しようとしました。

詳しい特許はもちろん秘密とのことですが、

薄〜い上質紙に天ぷら油を染み込ませたり、インクを混ぜたりして作ろうとしたそうです。

そして、産学官の連携を利用し、相談したところ、東大の教授(紙の研究者)を紹介されたとのことです。

紙が透けると、裏表が印刷できません。そのため、通常は紙を透けないために何か薬品や材料を入れます。

それを作るにはそれなりの製紙会社の機械が必要です。

中村さんは教授から大企業宛ての「紹介状」をもらって、とある製紙会社に依頼します。

すると、「巻き取り紙(費用200〜300万円)」が要ると言われてしまいます。

あまりの費用の高さのため、これを断り、中村さんは「刷り込み」「追い刷り」を利用して「紙フィルム」を作ります。

そして、FAXを使って各地の印刷会社に営業したところ大ヒットし、日本全国の印刷会社で売れたとのことです。

さて、ようやくノートを開発できます。

初めて作った外国人観光客向けの「旅の思い出帖」や「都電荒川線100周年ノート」は、

労力のわりに全然売れず、在庫の山になります。

ちなみに、都電荒川線ノートは表紙用に撮影した写真を選ぶ際に東京都からのレギュレーションが細かくて厳しかったそうです。

特に、「運転士の顔が写っているからダメ」とか「背景に特定の企業名が写っているからダメ」など、色々と細かい指摘をされたとのことでした。

また、定価250円にプラス3%と消費税分を版権代として納めるように言われたため、渋々従ったとのことです。

平成の不況の最中、倒産した同業他社も多かったと中村さんは言います。

中村さんは、とある職人の会社が倒産した際、その会社の機械を引き取って助けたことがあります。

(中村さんは、その職人の会社に懇意に、お世話になっていたとのことです。)

機械を減価償却したことのある人はピンと来るかもしれませんが、機械を処分するには多額の費用がかかります。そのため、大変感謝されたのだとか。

その縁もあって、その職人がノートの開発を手伝ってくれたとのことです。

先に紹介した都電荒川線ノート等の失敗から、

ノートを使用したお客様の声を参考にして改良版を開発しようと思ったそうです。

すると、お客様の声で「このノートは真ん中が膨らんで書きづらい。」という意見がありました。

そこで、中村さんは水平に開くノートを開発しようと考えました。

そもそも、一般的なノートは糸または針で綴じられており、それゆえ、開くと真ん中が膨らみます。

中村さんは、昔のノートは接着剤で綴じられていたことに気付きます。

あちこちの会社に昔のノートの接着剤について聞きます。

でも、欲しい回答は得られず、接着剤は見つかりません。

そこで、中村さんは接着剤を自ら実験して開発します。

開発にかかった時間は2年半。

ホームセンターや小売店で、ありとあらゆる接着剤やのりを取り寄せて、

何百通りも混ぜ合わせ、配合し、データをとったとのことです。

接着剤は、木、ガラス、金属、プラスチック、タイル等、本当にあらゆるものを使ったとのことです。

中村さんが言うには、上記の実験は化学変化でガスが出るため、危険なので本当はやってはいけないとのことです。

そのため、外に出て実験していたと言っていました。

こうして、無事に接着剤が開発され、やっと、水平ノートが作られました。

水平ノートの工程を録画編集した映像を見たところ、

水平ノートは接着剤で綴じられており、接着剤を付けて乾かす工程は2回。

ノートの背中に付けるクロスは、クロス機で付けた後に亀の子タワシで押さえつけていました。

そして、裁断されていました。

短い映像でしたが、労力と時間のかかっているノートだと私は理解しました。

現在発売している水平ノートは、方眼ノート3種類。

他社とのコラボ商品だと、ショウワノートのノートや、

KAWAGUCHIの手帳ノートなどがあります。

そして、2016年1月、中村さんのお孫さんがTwitterを使って水平ノートを拡散させます。

投稿後、3日で大ブレイクし、マスコミ、メディア、自治体、学校、各業界から取材が殺到。

一躍、「おじいちゃんの水平ノート」として有名になります。

方眼ノートは、入荷してもすぐに完売するほど、人気が爆発します。

その後、中村さんは70歳代で知的財産管理技能検定に合格し、

2019年は、「水平に開く本」の特許申請をするとのことでした。

お話はこれで終わりです。

「感想」

ものづくりの情熱と探究心が、凄く良かったです。

NHKの「プロジェクトX」を見ている気分でした。

私は他の学科の後輩にあたるのですが、講演会は大変面白くて有意義な時間でした。

また、何か興味深い話を聞いたらブログにアップします。

ご覧いただき、ありがとうございました。

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