【小説】未来の孫 2話


今は夏休み。でも、部活があるから私はこれから学校へ行く!

私は、目をこすりながらベッドからおりて、

鏡台の上に置いてある白い長方形のコンパクトを開いた。

鏡に映る黄色いショートの私の髪は、寝癖であちこちにハネている。

私はコンパクトから、通信装置「クレベンシーバー・アイズ(通称アイズ)」を

人差し指の先に乗せ、両目に素早く装着する。

と、同時に自動的にスイッチが入り「アイズ」が起動した。

その瞬間、視界の両脇にアプリのアイコンや

ネットの検索エンジン画面がヒュンと出てくる。

私はいつものように「アイズ」公式アプリにログインして、

政府から配信される最新のネットニュースを視界の横で見ていた。

「アイズ」はとっても便利だ。

こちらが欲した瞬間に、出して欲しいページや

アプリを一瞬で提供してくれる。

ちなみに、世間で「有害」とされる情報は自動的に

真っ黒い画面に切り替わって、全く見えない。

何を基準に「有害」としているのか、私にはさっぱり分からない。

「アイズ」そのものは昔からある道具。

昔は「テレパシーバー」という名の道具だったらしい。

学校にある科学と歴史の電子本を見ると、

最初は今とは全く違う形だったみたい。

電子本によるとそれは、視界にホログラムの出るカチューシャと

ワイヤレスイヤホンのセットだと書かれていた。

起動させただけで人間の脳波を読み取り、

様々な国の言語を瞬時に通訳してくれる夢の機械。

それが初期のアイズで、昔は2つの大手メーカーが開発競争していた。

と、書かれていた気がする。

「エマさん、おはようございます。本日のログインボーナスです。」

オペレーションAIのサトリが、今日も私に話しかけてくる。

「エマさん、今日の最高気温は摂氏40度です。

外は危険です。なるべく涼しい室内にいてください。

屋外での運動は原則的に禁止です。熱中症に気をつけましょう。」

そうそう、「アイズ」に不満な点があるといえば、

政府による閲覧制限だ。

法律上、「アイズ」では、SNSやネット掲示板は

絶対に見ることができない。

私には、SNSや掲示板は有害には思えないんだけど、

そのページに繋げようとすると、自動的に真っ黒い画面になる。

何回検索しても、それを示すあらゆる単語を

検索ワードに入れても、

うちのばあちゃんが持ってる古い液晶タブレットや、

じいちゃんの持っている小さい鏡みたいな通信機でも、

SNSと掲示板が全く出てこない。

今の法律だと、個人のアイズではSNSやネット掲示板を閲覧できない。

しかし、政府の管理下に置かれた公的機関の

「巨大掲示板パネル」なら見ることができる。

公的機関・・・例えば、公立の学校、公園、図書館、区立病院かな。

つまり、わざわざそこに行かないと、見ることができない!

SNSやネット掲示板・・・私はこれを見るのが好きだ。

そこには、常に新しい情報が次々と現れては消える。

楽しそうなイベント、美味しそうなグルメ、

可愛い動物の動画、噂話、美容コスメ、面白い話、

ゲームの裏技、色んな人が作った漫画や動画、

エッチなもの、あらゆる主義主張、怪談、

ゴシップなどが数え切れないほど何でも載っていて、

見てて退屈しない!

・・・なのに、法律上、閲覧制限されている。

私は、本当にそこが不満!

おじいちゃんから聞いた話だと、2047年の大震災の直後、

当時のSNSとネット掲示板によって

デマや嘘情報があまりにも氾濫し、

二次災害が起きて国内が大混乱に陥り、

戒厳令を出すほどこの国は危機に陥ったらしい。

政府はそれ以降、法律と体制を変え、

SNSとネット掲示板の閲覧制限を開始した。

当時の総理大臣は、

「二度と、このようなことが起きないよう、再発防止に努める。

国民を守り、災害時にすぐに安否確認できる体制をとることを約束する。

万が一のことが起きても、国民の生活を必ず保障する。」と発言したそうだ。

そして、政府から発行された国民の個人識別番号(マイナンバー)が、

震災以降、一気に普及した「クレーベンシーバーアイズ」や、

祖父母が持っているような携帯電話とかスマートフォンといった通信機に、

必ず組み込まれる政策がいつの間にか可決され、

気づいたら施行されていたのだそうだ。

「アイズ」は年齢的に15歳以上から購入することができる。

私は高校1年生の時に、おじいちゃんから買ってもらった。

私は今日もこれを身につけている。

「サトリ、ログインボーナス、全部受け取るね。」

「はい。かしこまりました。今日のボーナスは100ポイントです。」

「ありがと。」

毎朝もらえるログインボーナスは、

いわゆる「お小遣いポイント」で、

政府公認のお買い物アプリや通販サービス、

交通費決済などに使える。

貯めることもできるけど、使用期限はたったの2週間。

期限を過ぎるとポイントは失効して消えるんだけど、

それまではお金の代わりになる。

私は、貯めたポイントで何を買おうかと考えつつ、

居間を歩いていた。

台所からは、美味しそうな朝ごはんの匂いが漂ってくる。

「小浪ばあちゃん、おはよう。」

白髪頭で背中の丸まったぽっちゃり体型の、

色白のおばあちゃんが割烹着姿で炊事している。

「おはよう、エマ。ごはんできてるよ。」

おばあちゃんは、

台所に設置されている赤く四角い「調理レンジ」の蓋を開くと、

野菜の煮物と焼き魚と卵焼きを次々に取り出し、

テーブルの上の食器に盛り付けた。

野菜の蒸気と、焼き魚の香ばしい匂いと、関東風卵焼きの甘い匂いを感じる。

私は、大きな花柄の「自動炊飯&汁物調理鍋」のフタをパカっと開け、

できたてホヤホヤの熱い白飯と、

加熱し過ぎで煮え繰り返った味噌汁をお椀に入れて、

それぞれお盆の上に乗せてテーブルに手早く置いた。

私とおばあちゃんは、ともにテーブル席につくと、

「いただきます。」を言って合掌し、朝ごはんを食べ始めた。

居間に立てかけられている鏡のような液晶タブレットには、

ネットニュース生放送の様子が映し出されており、

アナウンスAiロボが落ち着いた声で淡々と喋っている。

ロボは次々と、政治・経済・海外・スポーツのニュースを喋った。

そういえば、今日は「ハレー彗星が地球に最も接近する日」だ。

ここ半年間、世紀の天体ショーに関するニュースが大々的に報じられている。

この巨大彗星は、約75年に一度の周期で地球に近づく。

世界中で、ハレー彗星に関する観測イベント、

ライブ中継、祭りなどが企画され、

誰も彼もが、気分がどこかフワフワ高揚している状況だった。

アナウンスAiロボが、

「今夜は晴れです。ハレー彗星の観測に絶好の天候となるでしょう!」

と、気象予報のコーナーで元気よく声を出していた。

そういえば、さっきからうちのおじいちゃんの姿が見えない。

いつも焼き魚なんかを、綺麗に食べて骨だけにしているのに。

「ねぇ、嵐じいちゃんは?」

「じいさんなら、撮影があるので夜明け前にトラックで出たよ。」

「どこ行ったの?」

「確か、埼玉の東松山へ行くらしいわ。夜には戻るってよ。」

「ふーん。じいちゃんの田舎のあたりか。」

「んー・・・まぁ、そうね。」

「あのさ、ばあちゃん。」

「うん?どうしたの?」

「今日さ、部活が終わったら友達と一緒に遊びに行くわ。」

「ハレー彗星を見に行くのかい?」

「そうだよ。彗星納涼祭っていうイベントだよ。」

「どの辺で見るの?」

「うーんとね、東京ゲートブリッジの近くにある公園!」

「若洲海浜公園かい?」

「そう!そこで見るの!写真もいっぱい撮る!」

おばあちゃんの眉間にシワが寄り、

表情が一瞬だけ曇ったのが私にはよく見えた。

ニュースは、6月から発生している

「子供の連続行方不明事件」を繰り返し報道していた。

犯人は未だに逮捕されておらず、

居なくなった子供達も誰も見つかっていない。

「変な大人や危ないヤツ、エロそうな馬鹿には気をつけるんだよ。」

「おばあちゃん、大丈夫だって!みんなで行くもん。」

「なるべく2人以上で動くんだよ。」

「うん、もちろんそうするよ。」

「襲われたら大きい声を上げて逃げなさいね。」

「うーん、わかったよう・・・モグモグ。」

私はおかずとご飯の残りを一気に

味噌汁で喉の奥に流し込み、完食した。

で、汚れた食器は全て台所の食器洗浄機に入れた。

「ま、大丈夫だよ!!!」

私は元気よくおばあちゃんに宣言すると、

早足で洗面台へ向かった。

そろそろバスの時間が来る。

時間が経つのはあっという間だ。急がなきゃ!

「せわしない子だねぇ・・・。」

おばあちゃんは、私がパタパタ動く様子を見守りつつ、

タブレットを操作し、ニュース生放送から電子新聞に切り替える。

そしてまた、政治や海外のニュースを見ていた。

「ん?この記事、何か小さい字で書いてあるねぇ。」

おばあちゃんが記事の画面を指先で軽くタップしている。

私は身支度しながらだったのでよく見えなかったんだけど、

その画面には、国会で可決された何かの

法案と施行の日程が書かれていたように見えた。

おばあちゃんは眉間にしわを寄せて険しい顔で何度も凝視し、

うちのプリンターで印刷を試みていた。

何回もプリンターの説明書通りに、印刷しようとしている。

「おばあちゃん、何やってんの?」

「今、凄く気になる記事があった。」

「おかしい。どうやっても印刷できない。」

操作方法を確かめ何度試しても、何故か印刷されない。

「あれ?どうして印刷されないんだろうね?」

私は寝癖のついた黄色く短い髪を、ブラシでセットしながら尋ねた。

「悪い予兆でなければ良いが。」

おばあちゃんは、暗い顔でそう呟いた。

そして、ため息を吐きながら、メモ紙に鉛筆で記事を書き写し始めた。

「おばあちゃん?えっ、まさか、書き写しているの?」

「今さっき、何か大事な法案が国会で可決されたらしい。」

「えっ何?法案?」

「うーん、うまく説明できないんだけど、何か嫌な予感がする。」

私は居間にあるアナログ時計をふと見ると、

バスの時間が迫っていることに気づいた。

「ああっ、時間だ!行かなきゃ!」

私は大急ぎで洗面台で歯磨きをして、

身体中に日焼け止めパフュームをふりかけ、

体操着の半袖とハーフパンツに着替えて、外出する準備を整えた。

「おばあちゃん、水筒とお弁当は?どこだっけ?」

「はい。お茶と弁当のおにぎりだよ。」

「ありがとう。」

私は、おばあちゃんから水筒とおにぎりを受け取ると、

写真部で使うフィルム式35mmカメラと、

道具一式と着替えを入れたカバンを背負った。

「今日もクソ熱いぞ。水やお茶をいっぱい飲むんだよ。」

おばあちゃんは、ハッと思い出したかのように

冷蔵庫を開いて何かをガサゴソ探し、

小さなプラスチック製の容器を取り出すと、私に渡した。

「エマちゃんや、これも持って行きなさい。」

「これ・・・何?」

「梅干し。」

「おばあちゃんが時々食べてるシワシワのヤツ?」

「暑くてクラクラしそうな時、これを食べると楽になるよ。」

「え~。やだ~。これ、超しょっぱいじゃん。」

「いいから。あと帽子も絶対に被りなさい。この暑さは危ない!」

「わかったよう!仕方ないなぁ・・・もう。」

私は、玄関に引っ掛けてある「冷房麦わら帽子」を頭に被り、

シューズの紐をキュッと結んだ。

「エマ、お友達と遊んだら、なるべく早く帰っておいで。」

「うん、みんなと一緒だから大丈夫だって!」

「エマ、例えみんなと一緒でも、危ないことが起きるかもしれん!」

「心配しすぎだよ、おばあちゃん。どうしたの?」

「何かがおかしいと感じたら、すぐに逃げて、うちに帰るんだよ!」

「わかったよう・・・。」

「何かあったら、すぐに連絡しなさい!良いね!」

「ああもう!わかったってば!いってきます!!!」

「いってらっしゃい!」

おばあちゃんは、心配そうに玄関で私をずっと見送っていた。

玄関を開けて外に出ると、

太陽光の強さと凄まじい蒸し暑さにクラクラした。

私は、冷房麦わら帽子を目深にかぶり、

帽子の側面にあるブローチ型のボタンを押して、アイズに念じた。

《アイズ、紫外線カットと冷房機能オン。お願い。早く涼しくして。》

帽子のつばの部分からレース状の

半透明なヴェールが出てきて、私の頭と全身を包む。

頭のてっぺん、そして体の表面に冷気を感じる。

どんどん冷やされていく。

今日の最高気温は摂氏40度。太陽が揺らめいて見える。

外に出るなら、この麦わら帽子みたいに携帯できる冷房が必須だ。

私は屋上の鍵を開けて、

庭と犬小屋の周りを走っているロボ犬「ポチ」に話しかけた。

見た目は本物の柴犬と全く変わらないが、

瞳を注視すると「機械」だということがわかる。

ポチは私を見ると、尻尾を千切れんばかりに振って

ハフハフと荒い呼吸をしながら駆け寄ってきた。

ポチに触ると、明るく茶色い毛がふわふわして気持ちがいい。

いつ触っても本物の犬そっくりだ。

「ポチ、お手。」

ポチはニコニコ笑いながら舌を出して右前足を私の手のひらに乗せた。

肉球には、ポチの型番と製造番号がうっすらと印刷されていた。

私は、ポチの柔らかいほっぺをムニムニと両手で触りながら話しかける。

「ポチ!ちょっと、聞いてよ!」

「ハフハフハフ。」

ポチは笑顔で舌を出したまま、私の目を真っ直ぐに見つめる。

「小浪ばあちゃん、過保護だよ!私もう高校2年生だよ?」

「クゥーン。」私はポチの頭や胴体を撫で回した。

「そりゃ、おばあちゃんは私の親代わりだけどさ。」

「ハフハフハフハフ。」

ポチはクルンと丸まった尻尾をフリフリしている。

「ちょっと、心配しすぎだと思うんだよね。ポチもそう思わない?」

私がそう言うとポチは、無邪気に私の顔をベロベロと舐めまわした。

機械の舌だから、舐められると冷たいはず。

しかし、今日はやけにヌルッと生暖かい。

そういえば何だか、地面から熱気がムワムワと上がってくる。

帽子とヴェールの冷房が効いているとはいえ、

私は背中にじんわりと汗をかいていた。

ポチは機械仕掛けの犬。

とはいえ、さすがにこの猛暑は危ないんじゃないかしら?

「ポチ、私、部活に行ってくるね!」

「ハフハフ!」

「暑かったら日陰に行くか、ばあちゃんに部屋に入れてもらいなさい!」

「ワンワン!」ポチはニコニコしながら尻尾を振って、私を見送っていた。

私は、家の階段を降りて水浸しの6階フロアへ行き、

歩行者用道路を早足で歩いて、家から一番近いバス停に来た。

バス停には、何人もの人が並んでいた。

ここの停留所には屋根があるから、

今日みたいに太陽光がジリジリ痛い日は助かる。

フクロウ防犯ロボと目があった。

ギョロリとした目でバス停の上から私と他の人たちを見てる。

このロボは、私が生まれるずっと前からバス停の防犯をしている。

どのバス停にもいる。

何十年も前の昔、何か酷い事件がバス停で起き、

それからずっと防犯のためにいるらしい。

遠くから黄緑色の箱のような船がスイスイとこちらに走ってくる。

都営の水上バスだ。

この黄緑色の箱型の乗り物は、真夏の暑さに揺れていた。

私には、水上バスの輪郭がゆらゆら揺れて湯気が出ているように見えた。

「どうぞ、お乗りください。」自動運転ロボの音声が聞こえた。

私は定期券のコード番号をアイズから浮かび上がらせ、

乗降口に設置されている鏡のような

スキャナーで両目をスキャンして、水上バスに乗った。

中はクーラーがキンキンに効いていて、

とても涼しかった。私は麦わら帽子を外した。

水上バスは水面をスイスイと快適に走る。

特に、都営の水上バスは小型だからどんな狭い水路でも楽々行ける。

半透明の水の下には、無数の瓦礫が見えた。

震災時に壊れた建物が未だに水中に残っており、ボロボロに朽ち果てながら、

水草やゴミと一緒に光の屈折でゆらゆら揺れている。

人工島にある街や半分だけ水に浸かった建物を、水上バスは通過して行く。

いつも通りの風景だ。私は窓の外を見て、そう思った。

そろそろ、うちの高校に着く。

私は「次、止まりますボタン」を指で押した。

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