【小説】未来の孫 6話


目を覚ますと、そこは白く無機質な病室のような場所だった。

私は、自分がベッドに仰向けで寝かされていることを知った。

ベッドに両手足を拘束されている。自分で身体を動かすことができなかった。

必死に両目を動かして周りを見渡すと、私は思わず顔をこわばらせた。

周囲に、同じようにベッドに拘束されて横たわった人間が無数にいたのである。

彼らの頭部には、一様に真っ白い妙なヘッドギアが付けられていた。

助けを呼ぼうと、声を出そうとしたが私は口と喉奥をチューブで塞がれていて、

「んぐぐっ・・・ふんぐっ!」と、くぐもった音しか出ない。

するとドアが開いて、マシュマロの妖精みたいなナースロボットが現れた。

「ふんぐぐぐ!(看護師さん!)」出ない声を必死に出そうとした。

「あー、大丈夫ですかぁ?」ナースロボットは優しい声で尋ねる。

「んぐっ!ふんぐぐぐぐぐぐ!(これ!外して下さい!)」

「ダメですよ。じっとしてないと。」事務的で冷たい音声を発した。

「ふごーっ!(嘘ーっ!)」

何かおかしい。私は、ナースロボットの言葉に動揺した。

「今から、皆さんは脳の最適化手術を受けるのですから。」

「ふぎ?ふっごごふんごんがが?(何?一体何の話?)」恐い。どういうこと?

「今、先生を呼びますので、安心して寝てて下さいね。」

ナースロボットは私に向けてニッコリ笑うと、

プニプニした指先でタブレットを出し、

麻酔科医の操作する遠隔医療ロボに信号を発信して呼び出していた。

私は、とっさにアイズで通報しSOSを出そうと、

頭の中でオペレーションAIサトリを呼んだ。

《サトリ!助けて!》

『どうしました?エマさん。』

《通報して!この場所を警察に通報して!早く!》

『エマさん、何を言っているのかわかりません。』

《通報よ!つ・う・ほ・う!警察に通報して!》

『できません。拒否します。』

《嘘でしょ?私を助けてよ!》

『できません。』

《バカ!どうしてよ!お願いだから、通報してよ!》

『エマさん、ダメです。大人しく手術を受けましょう。』

私は、頭が真っ白になっていた。

病室のドアがスーっと開き、

薄紫色のバクのような医療用ロボットが私の前に現れた。

「先生、お願いします。」

ナースロボは、柔らかい両手で私の体をガッチリ抑えてくる。

「はい。じゃあ、ぐっすり眠れる新しいお薬を入れますからね。」

バク型ロボが近づいてくる。

「ふごあー!!!(いやだー!!!)」私は必死にもがいた。

恐怖のあまり、両目をギュっと閉じて両手足を必死にバタバタ動かし抵抗する。

バク型ロボが呼吸用チューブに気体状の麻酔薬を入れようとした次の瞬間、

一瞬、白く眩しい光が病室を照らし、

バク型ロボとナースロボは同時にバタリと倒れ、病室は再び真っ暗になった。

暗闇から何かがカサカサっと現れて、

私の顔のあたりに何か触覚のようなものが当たった。

次の瞬間「ガリッ。」と何か硬い物を砕く音が聞こえ、

拘束具とチューブが身体から落ちた。

恐る恐る目を開けると、顔のすぐ横に見覚えのあるホタルロボがほのかに光って空中にいた。

ホタルロボの光を頼りにベッドから床に両足をそっと下ろす。

そこには心配そうに私を見上げるポチと、

空中にパタパタ飛んでいるコウモリロボがいた。

「エマ、足元の黒いボードの上に乗るのじゃ。」

コウモリロボから嵐じいちゃんの声がする。

私は足元を見ると、

黒光りする1mくらいのサーフボードのようなゴキブリロボが

触覚を小刻みにピクピクと動かしていた。

思わず叫びそうになったその瞬間、

ゴキブリロボの黒光りする背中からアームがシュッと現れ、

両足首と膝をしっかり固定し、私は強制的にサーファーのような体勢にされた。

ほんの数秒だった。

私はゴキブリロボに両足をガッチリ固定されたまま物凄いスピードで、

病室のベッドの間をカサカサカサっと駆け抜けて運ばれ、

そのまま廊下を真っ直ぐ移動し、

気がつくと、目の前に避難用ガラス窓が迫ってきた。

「うわ!ぶつかる!」私が思わずぎゅっと目をつむると、

ゴキブリロボは「ガリガリガリッ!」と音を立てて

窓ガラスを一瞬で食べてしまった。

そのまま窓枠を越えて、病院の外へ勢いよく飛び出す。

目の前にはキリンロボの顔が見えた。

キリンロボは私を見るや否や、

一瞬で滑り台に変形し、私をシャーッと滑り下ろした。

ポチとコウモリロボとホタルロボも続いて飛び降り、シャーッと滑った。

降りた先は、水上にホバリングしている白いエアー軽トラックの荷台だった。

運転手は全員を乗せたことを確認すると、エアー軽トラックのギアを切り替え、

猛スピードで空中を移動し始めた。

事態が全く飲み込めない。私は恐る恐る、両目を開けた。

荷台には、見慣れた撮影機材と生物ロボットたちが乗っており、

真ん中には緑色のバイクのようなものがデーンと乗っていた。

どこか、昔ながらの蕎麦屋が使いそうな形のバイクに似ている。

運転席から、おじいちゃんが吸っている電気キセルと同じ煙の匂いがする。

「エマちゃん、大丈夫か?」

「嵐じいちゃん?本当に嵐じいちゃんなの?」

「小浪さんや、エマちゃんにあれを渡すのじゃ。」

助手席にはおばあちゃんがいた。

手を伸ばして私にコップ付き水筒を渡してくる。

「エマ、これで目を洗いなさい!早く!」

私は促されるまま、急いで両目をコップを使ってビチャビチャ洗った。

両目がジュワっとしみる。その瞬間、アイズがポロリと両目から外れた。

「うわ!痛い!すっごいしみる!何これ?」

「それは、ただの塩水!体に害は無いよ!」

「あっ、アイズが割れてる!」アイズは粉々に割れていた。

「ははは、それは良かった!」

「ばあちゃん!ちっとも良くないよっ!」

「エマ、ここは大体どの辺か、わかる?」

「えっ?あれ?私、どうして・・・ここはどこ?」

「今はね、鈴ヶ森の近くだよ。このトラックは今、空中高速道路の羽田1号線を走ってる。」

「鈴ヶ森ってどこ?わからないよ?」

「江戸時代、処刑場だったところだよ。」

「えっ。」

「現在は、政府の矯正施設のある場所の一つ。」

「どういうこと?」

「エマ、今から話すことは、あんたには理解が難しいかもしれんが、よく聞いて欲しい!」

「うん、何だろう?」

「彗星納涼祭というお祭りは・・・何というか、ニセモノの祭りなんだよ。」

「はい?」

「明日の午前0時から、思想の自由廃止とマイナンバーアイズと脳の一体化の義務化が始まる。」

「え?」

「簡単に言うと、強制的に国民全員がアイズと両目と脳を一体化させられて、

自分の頭の中を死ぬまでずっと政府に監視され続ける。

思想の自由が消えるから、政府のいいなりにならない人は罰や矯正を受けることになる。」

「嘘でしょ?そんなニュースあったっけ?私全然知らないよ!」

「今の政府はAIに支配されている。衆議院の賛成多数で法案が可決されてしまったんだ。」

「そんなの、知らない。初めて聞いたよ!何なの?証拠はあるの?」

「これは、その記事だ。」

おばあちゃんがスクラップブックを出し、私に手渡した。

スクラップブックには記事を書き写したメモや、記事をポラロイド写真で撮ったものがあった。

朝、なぜか印刷できなかったネットニュースや電子新聞の記事を、

私が部活に行っている間に小浪ばあちゃんが写したのだろう。

ポラロイド写真に写っている記事は、

いずれもギリギリ読めるくらいの小さい文字で「思想の自由廃止法案」と

「マイナンバーアイズと脳の一体化手術の義務付け」の

概要が目立たない欄にちょこっとだけ書かれていた。

「こんな小さく書かれても気づかないよ!なんなの?マスコミはバカなの?」

「ああ、間違いなくバカだ。どこもニセ祭りを報道しないし注意喚起すらしない。」

「どういうこと?」

「このニセ祭り自体が、政府とAIに作られたワナだったのよ。多分マスコミもグル。」

「アイズの自動フィルタリング機能を悪用して、大人には見えないようにしたのじゃろう。」

ポチが私の膝の上にトコトコと駆け寄ってきた。

「つまり、エマちゃんがお祭りだと思っていたのはAI政府の仕掛けたワナなのじゃ。」

おじいちゃんは電気キセルの煙を窓の外に深く吐き出しながら、話を続ける。

「ワナにかかった人はもれなく脳みそをいじられて機械のような人間にされていた。」

「じゃあ、私が見ていたのは全部幻覚で、いつの間にか施設にいたってこと?」

「ま、そういうことじゃ。」

「一緒にいた友達みんなは?どうなるの?」

「運良く幻覚が解けて、施設から逃げ切ることができたら助かる。」

「私の友達もお祭りに行ったんだよ?ねぇ、みんなも助けてよ!」

「残念じゃが、今は無理じゃ。」

「そんなぁ!」

「約束する。わしらが必ず助ける!」

「うーん・・・じゃあどうして、私は幻覚が途中で解けたんだろう?」

「エマちゃん、私が朝あんたに渡したのは何かな?」

「梅干し?」

「そう。それをちゃんと食べていたから、助かったの。」

私は、ついていけなかった。頭が、次々と起こる事態に追いつかない。

祖父母の話す内容と、自分に起きた一連の出来事が、

どこからどこまでが「本当」で「嘘」なのか、もはや分からなかった。

アイズは本当に壊れたの?今、私が見ているのは現実?幻?

まさか、ここにいる二人すらも幻?

私はそう思った瞬間ぞわぞわっと背筋に寒気が走り、危険を感じた。

無意識にポチをぎゅっと抱きしめる。

「ねぇ、おじいちゃん、おばあちゃん。」

「何じゃ?」「何かな?」

「地震の日に、行った秩父の食堂ってさ、何て名前だったっけ?」

恐る恐る、私はここにいる三人しか知らない質問をした。

「わらじカツの店・カジカ?」祖父母は二人同時に答えた。

「じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃん二人が最初にデートした場所は?」

「星屑喫茶。」

「上野公園。」

「小浪さんや、星屑喫茶じゃろ?」

「いや、上野公園じゃないの。そこは私たちが友達だった頃に行った場所でしょ!」

私はこの正解を知っている。二人は同日にどちらの場所にも行ってる。

何年も前に、おじいちゃんから見せてもらった大昔の写真データや、

おばあちゃんが若い頃に書いていた過去の日記帳でこっそり見たことがある。

でも、あともうひと押し欲しい。

「嵐じいちゃん、小浪ばあちゃん。」

「何じゃ?改まって。」

「いざという時の合言葉あるでしょ。」

「え?合言葉?若い時に決めたものは一応あるが・・・」

「エマちゃん、良いのか?下ネタ的だし、放送禁止用語じゃぞ?」

「うん。大きい声で言って。お願い!」

祖父母は、少し戸惑う表情をした後、

「おっ○い!」

「ち○こ!」

と、恥ずかしげもなくハッキリと大きな声で私に聞こえるように言った。

うーん。外ではとても大きい声で言えない単語だ。

この言葉は、発した人がもしAIやロボットだったら、自動的に他の単語に差し替えられる。

もし、私がアイズを付けたままだったら、フィルタリングでこの単語は消され、聞こえないはず。

しかも、今は昔よりも言葉に厳しいから、この言葉はむやみに口にできない。

どうやら、ここにいる祖父母は本物らしい。

「よかった~。多分、本物だ~。」私は思わずホッとした。

「こらこら、多分とは何よ!」

「まぁ落ち着け。とにかく、梅干しに含まれている物質が幻覚を阻害したのじゃ!」

「理屈はよくわからないけど、梅干しって凄いんだね!」

「はっはっは。わしが発見したのじゃ。わし、凄いじゃろ?」

「でもどうやって、あれがニセ祭りだと分かったの?フィルタリングで見えないんでしょ?」

「それはね・・・」と、小浪ばあちゃんが言いかけたその時、

「ウー!ワンワンッ!ワンワンッ!」ポチが空に向かって激しく吠えた。

複数の飛行ドローンとエアカーが後ろにぴったりと追尾してくるのが見える。

警察の白黒カラーリングの、円盤型パトロール飛行ドローンと、

銀色スモーク色の覆面パトロールエアカーだ。

どちらも、サイレンを鳴らさずに飛んでいる。

ブーンブーンと大きな羽音を立てて、

円盤型ドローンたちがこちらに真っ直ぐ向かってくる。

「うわあああ!何かいる!」

「何じゃ?」「どうした?」

「じいちゃん、ばあちゃん!何かが付いてきてる!」

私は思わず、荷台の真ん中に固定されているバイクにしがみついた。

まさか、警察もグルなの?いつもならサイレンとスピード違反の警告アナウンスを出すのに。

「小浪さんや、追っ手だ!」

「嵐さん、もっと飛ばせないのかい!」

「仕方がない!ここまでか!」

おじいちゃんは電気キセルをガリッと噛み締めて、叫んだ。

「エマちゃんや!そのバイクで逃げろ!」

「えっ、何?おじいちゃん?」

「ロック解除!エアーカブ、エンジンON!」

トラックの荷台に付いていたバイクの固定金具が一瞬で解かれ、私は思わず飛び退いた。

音声認証だ。おじいちゃんがロックを外し、バイクのエンジンを起動させた。

バイクがハレー彗星の光を反射して、一瞬だけ青白く光ったように見えた。

縦にドッドッドッと振動し始め、モーター音が響く。

バイク本体の側面とタイヤの部分から、

トンボの羽のような大きなプロペラが現れた。

ブゥーンという羽音のような駆動音を感じる。

「エマちゃん!このバイクに乗ってポチと一緒に逃げなさい!」

おばあちゃんはポチとスクラップブックを私に託し、

バイクに乗るように促した。

私はバイクの荷台についているヘルメットを頭にかぶって、ポチを荷台に乗せ、

朝顔柄の浴衣を膝までたくし上げてバイクにまたがる。

おばあちゃんは、手元のリモコンを何やらバイクに向けてピコピコと動かし、

バイクの速度メーター付近にあるナビシステムを素早くセットした。

「行き先は設定した!スカイツリーに向かって走れ!」

「でも、私これ運転できないよ!」

「ハンドル握って!」

「握った!」

「よし!思いっきりひねりなさい!」

「えいっ!」

私とポチを乗せたバイクはゆっくりと空中に浮かび上がる。

メーターには、白く光るデジタル数字で「2019年03月31日」という表示がフッと現れ、

私の意思とは別に、バイクは自動的にくるりと旋回して

スカイツリーへ向けて空を駆け出した。

夜空にはハレー彗星がより一層青白く輝いて見え、

夜景と共に無数の星が見えた。

「そうだ!行けー!早く逃げろー!」

「じいちゃん!ばあちゃーん!」

エアー軽トラックの荷台では、撮影用の生物ロボットたちが必死に暴れて、

追っ手のドローンや覆面パトロールエアカーを薙ぎ払っていた。

私は一体、これからどうなるのだろう?

とにかく、今はここから逃げなきゃいけない!

私は無我夢中でハンドルを握って、前かがみの姿勢でバイクにしがみついた。

「エマー!全力で走れー!」おばあちゃんの叫ぶ声が聞こえる。

バイクは上空へ急上昇すると、まばゆい輝きを放って疾走し、

流星のように消滅した。

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