【小説】未来の孫 7話


西暦2019年、和暦年号、平成31年3月31日の日曜日。

灰色で雨が降りそうな曇り空。満開の桜が、

隅田川から吹く風によって散り始めていた。

浅草駅の近くにある「隅田公園」は、

花見を楽しむ大勢の家族連れで賑わっていた。

浅草側の隅田公園はレジャーシートを敷いて、

飲食する花見客でいっぱいだった。

そんな中、3人の少年たちが、

手鏡くらいの大きさの、板状の通信機・・・すなわち、

2019年でいう「スマートフォン(通称スマホ)」を片手にゲームをしながら、

ウロウロと公園のあちこちをせわしなく歩いていた。

黒髪ツンツン頭で一重まぶた、

人懐っこそうな小柄の「愛ノ烝(あいのじょう)」、

燃えるようなオレンジ色の天然パーマ、

色白ぽっちゃり碧眼の黒縁眼鏡「ウィリアム」、

褐色肌で目鼻立ちがハッキリした坊主頭、

スラリと引き締まった体型の「一太郎」、

男子高校生3人組である。

この3人が遊んでいるのは、スマホ専用アプリゲーム「サイコメトリップ」。

簡単に言うと、位置情報や歩数距離を使って遊ぶ「宝探し冒険ゲーム」である。

史跡や街に点在するオブジェの位置情報をスキャンすると、

ゲーム画面上で「お宝」が見つかったり、

歩数距離に応じてゲーム内のメインストーリーが公開されたりする。

ゲーム内では、時にはパスワードや特定の歌の音声入力をしないと

手に入らない珍しい宝物や追加エピソードもあった。

「なぁ、今日の攻略ブログ見た?」

愛ノ烝がツンツン頭をポリポリかきながら、聞いた。

「まだ見てねぇや。」ウィリアムは、眼鏡をクイッと上げつつ、

スマホの画面を見ながらゲーム内の「お宝」を探していた。

「何だよ?また裏技か?」一太郎が訝しげに尋ねる。

3人は、公園内にあるクジラの滑り台の横を通過し、

緑色の橋「言問橋」の下をくぐって、

隅田川の堤にある「鳥かご型オブジェ」付近をウロウロしながら、

スマホの画面上で必死に宝探しをしていた。

「そう。また新しい裏技が載ってる!」

愛ノ烝は力説する。

「ふーん。」ウィリアムと一太郎の反応は薄い。

「今度はバグらないやつだ!」

愛ノ烝は画面を注視しながら、強く言った。

「お前さぁ、またやるの?」

呆れたようにウィリアムがつぶやく。

「俺、絶対やらねぇぞ!お前だけやれよ!」

一太郎は大きな目を見開いて言う。

春休みの始め、3人は「裏技」を試して悲惨なことになった。

愛ノ烝がネット上で発見した裏技を試したのである。

それは、以下の内容である。

「秘密のパスワードを入力し、かごめの歌を歌って音声入力し、

画面上に現れる「開ける」ボタンを押すと、

ゲーム内で行ける異世界への扉が制限時間付きで開かれ、

珍しいお宝がゲットできる。」というもの。

この方法を3人で試した結果、

一太郎は複雑なパスワードの入力に失敗し、

ウィリアムは自分の音痴により歌の音声入力に失敗したのである。

結果的にウィリアムはゲームに一時的にログインできなくなり、

一太郎の所有するゲームデータは破損し、

今まで大事に積み上げてきたゲームのデータが真っ白になったのだ。

そんな事件が彼らの間で起きていた。

ゲームに夢中になっている者にとって、ログイン不能状態や、

ゲームのデータが消えることは由々しき問題だった。

「マジで俺、絶対にやらねぇからな!」

一太郎はブスッとした顔で愛ノ烝に強く言った。

「いいよ。わかってるって。」

愛ノ烝は早口でそう言い、ネット上の攻略サイトで見つけた

最新の「秘密のパスワード」を素早く入力した。

彼は、スマホの画面を紫陽花の植え込みの近くから、

橋の近くの「鳥かごオブジェ」にかざしつつ、

「浦島太郎の歌」をスマホのマイク部分に向かって口ずさむ。

そして、愛ノ烝が画面上の「開ける」ボタンを押した瞬間、

空は急に黒い雲が立ち込めて、

一瞬まばゆい光がした後ゴロゴロと雷鳴が鳴り響き、

公園には小さな竜巻のごとく物凄い突風が吹き荒れた。

桜の花は勢いよく飛び散り、辺り一面が桜吹雪と化す。

公園の道路に敷かれた砂利の粒や砂埃が舞い上がって、

近くにいたハトやカラスたちも驚いて飛び回る。

花見客のレジャーシートは勢いよくバサバサめくれあがり、

弁当やゴミや空き缶がコロンコロンと突風で吹き飛ばされていた。

愛ノ烝、ウィリアム、一太郎、そして、

花見に来ていた周辺の人々は皆思わず目をつむった。

突風と桜吹雪が止んだあと、3人が目をそっと開けると、

鬱蒼とした紫陽花の植え込みの中に、

蕎麦屋の出前に使われていそうな緑色のバイクと、

浴衣姿の少女と柴犬がいるのに気づいた。

「いたたたた・・・」

彼女はふらふらしつつ、被っていたヘルメットを外し、

バイクから降りて周りをキョロキョロしていた。

彼女は三田川(さんたがわ)エマ。

2061年から飛んできた女子高校生である。

愛ノ烝は、彼女の黄色い髪の毛と明るい色の瞳、

色白で端正な顔立ちと身長の高さを見て、

彼女を外国人・・・あるいは、

日本人と外国人の間に生まれた子供だと直感した。

愛ノ烝が恐る恐る話しかける。

「えーっと、あの、イクスキューズミー?大丈夫ですか?」

「うーんと・・・ここは?」

「浅草です。浅草の隅田公園です。」とっさに一太郎が言った。

満開の桜と、はらはら舞い落ちる花びらをエマは凝視して、

何回も何回も目をこすっていた。まるで初めて桜を見るかのように。

ふと、彼女は公園の横断幕を見た。

大きな文字で「2019年さくらまつり」という文字が見えた。

「えっ、2019年?」エマは自分の目を疑った。

また、彼女は自分が紫陽花の植え込みにいることに気付いた。

「あっ、まずい。」

エマは思わずよろけてバイクを倒しそうになった。

その瞬間、一太郎とウィリアムはとっさにエマとバイクを支えた。

彼らはバイクのハンドル付近についたスイッチに不意に触れた。

すると、「ボンッ!」という音とともに、

一瞬でバイクが緑色の電動自転車の形に変形した。

男子3人はバイクの「変身」に対して目をぱちくりしつつ、

エマは無意識に隅田川の方に目を向けていた。

橋が何本もかかった大きな川。水面に何艘もの屋形船が浮かんでいる。

「あれって・・・隅田川ですか?」

エマはたどたどしく彼らに聞いた。

「そ、そうですよ!」

ウィリアムは眼鏡をシャツの裾で何度も拭きながら答える。

隅田川の対岸にも満開の桜の堤、

ビアジョッキ型の黄金のビル、川の上を走る高速道路、

そして、グレーの骨のような巨大電波塔「スカイツリー」と、

黄金の火の玉型オブジェが見える。

エマがいた2061年の世界では、

この光景は過去のものであり、歴史の中にしか存在しない。

「すごい!桜いっぱい!本物、初めて見た!」そう言って、

エマは驚きのあまり、川沿いの堤に駆け上った。

「わー!凄い!」

と、その時、川からビュワーっと吹き上げる風を受け、

エマは寒さにブルブル震えた。

3月も終わるというのに、気温は冬の寒さを引きずっている。

そう、彼女は朝顔柄の丈の短い浴衣を着ていた。

春と冬の変わり目に、浴衣一枚は寒すぎる。

「寒い!なにこれ!」エマは両腕で自分自身の体をギュっと抱いた。

《アイズ、暖房オン!早く!早くして!》

とっさに、アイズで携帯式の暖房を起動させようとエマは必死に念じた。

しかし、アイズはこの世界には無い。何も起こらない。

エマは無意識のうちにアイズを頼りにした自身に対し、心底驚いた。

そして、近くにいた男子3人に尋ねる。

「すみません。この辺で服を買えるところはどこですか?」と。

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