【小説】未来の孫 8話


「この辺だと、浅草駅のマスヤが一番近いですよ。」

ウィリアムが眼鏡をクイッと上げ、浅草駅の方向を指差しながら言った。

浅草駅には、老舗デパート「マスヤ」がある。

駅と直結しており、利用客が非常に多い。

浅草駅の「顔」とも言える老舗デパートであり、

建物は象牙色で優美かつアール・デコ調な外観をしている。

「マスヤ?それより六区にあるスマムラの方が良いんじゃね?」

と、一太郎が意見した。

「スマムラ」とは、激安アパレルチェーン店である。

年齢問わず女性向けの服や靴、雑貨を手頃な価格で販売している。

男性の服もあるが、品揃えは女性と比べて少ない。

「いや、マスヤだよ。一番近いし、わかりやすいじゃん。」

愛ノ烝(あいのじょう)が答えた。

「スマムラ、こっからだと遠いし、混むんじゃね?」

ウィリアムもほぼ同時に答えた。

「あのう、一番近い店と、安い店どっちが良いですか?」

一太郎はエマに尋ねた。

「近い方が良いです!」

エマは寒さでプルプルしながら答えた。

エマは男子3人に案内され、電動自転車を公園の駐輪場に停め、

ポチをリードでしっかり繋いだ。

「クゥーン。」心配そうにエマを見つめるポチ。

「大丈夫。すぐに戻るからね。」エマはポチの頭を撫で、

浅草駅の老舗デパート「マスヤ」に男子3人と向かった。

エマの両手には紫色の風呂敷包みと、

祖母から託されたスクラップブックが握られていた。

「ここでーす!」愛ノ烝が店の入口を指差す。

「3階に服のお店がありますよ。」ウィリアムが言った。

「ワンちゃん、僕らで見てましょうか?」一太郎が言った。

「いえ、大丈夫です。どうも、ありがとうございました!」

エマは、男子3人にお礼を言うと、店へ入っていった。

エマを見送り、彼女の姿が店内に見えなくなった後、

男子3人は公園に戻り、ポチを撫でつつ大騒ぎだった。

「さっきの人、外国人かな?」

ウィリアムが眼鏡をクイッと上げながら聞いた。

「日本語ペラペラだったな!」

一太郎は大きな目を見開いて喋った。

はたから見れば、彼らも外国人に見えるだろう。

オレンジ色の髪で碧眼かつ色白ぽっちゃりのウィリアム、

褐色肌で目鼻立ちがハッキリしているスリム体型の一太郎。

だが、実は・・・彼らは日本人である。

日本人と、日本に帰化した外国人の間に生まれた子供。

それが彼らである。

「まさかあの子、異世界から来たのかな?」愛ノ烝がつぶやく。

「異世界?そりゃないだろ。お前ラノベの読みすぎ!」と、一太郎。

「でもさ・・・バイク、変形したよな?」と、ウィリアム。

「誰か、写真撮った?なぁ、お前も見ただろ?」と、愛ノ烝は言う。

「見たけどさぁ!全然知らん人だぞ?撮るわけねぇだろ!」

一太郎がツッコミを入れた。

「・・・わかんないけどさ、ただの観光客じゃね?」

ウィリアムはポチの耳の裏を撫でていた。

「桜とか、川とか、う○こビルとか超見てたもん!」

ウィリアムが続ける。

ちなみに、「う○こビル」とは彼らの間の俗称である。

もしかしたら、彼ら以外の人もこっそりと呼んでいるかもしれない。

それは、浅草の対岸に見える「黄金の火の玉オブジェ」のことだ。

オブジェが、それは見事にバナナ型の”それ”を連想させるような

立派な形状なのである。何度も言うが、「火の玉オブジェ」である。

「そうだな。う○こビル見てさ、すっげー驚いていたよな!」

一太郎もポチの背中を撫で始める。

「浴衣だったぜ?」「なんかスゲェ寒そうだったよな。」

一太郎とウィリアムは交互に言い、ポチの頭をワシャワシャと撫でている。

「うーん・・・まあいいや。とりあえずなんか腹減ったわ。」

愛ノ烝は自分の腹をさする。

彼らはゲームやエマの道案内に集中していたため、

自分が空腹だったことを忘れていた。

「何か食う?」一太郎はポチの背中を撫でている。

「メッダーバーガー行こうぜ。今、ポテト半額だろ?」

ウィリアムは眼鏡をクイッとして言った。

「いや、ラーメンにしねぇか?」

一太郎はポチのほっぺをムニムニしている。

「俺どっちでもいいや。とりあえずメシ!メシ!」

愛ノ烝もポチを撫でた。

男子3人は、ポチをひとしきり撫で回し、その場を立ち去った。

一方、エマはデパートの3階にあるアパレル量販店「ウノクロ」にいた。

《ここが、服のお店かぁ・・・店内が暖かくて助かったわ。》

「ウノクロ」は、一定品質の服を量産しているアパレル店である。

店には、量産品のパーカーやシャツ、値下げされた冬物の服、

ズボンや下着などが規則的かつ大量に陳列されている。

どれも、なんとなく無難な服のデザインだった。

《驚いた。昔って、本物の服を実際に手に取って選ぶのね。

しかも、自分に合うサイズを探さなきゃいけない。信じられないや。

しかし、ずいぶんと無難な形しか無いのね・・・。》

エマは入口で買い物カゴを借り、店内をウロウロしていた。

《いつもならアイズで身体をピピッと測って、オーダーメイドを買えるのに。》

エマにとって、服はオーダーメイド通販が当たり前だった。

彼女の居た2061年は「VR試着」が主流で、

実物がその場に無くても、「服のホログラムデータ」を

ネットからダウンロードして試着出来た。

また、自分の身体のサイズをファッション通販アプリで計測し、

自分が着てみたい服のデザインを注文すると、

専用工場の縫製ロボットによって正確に作られ、

配送用ドローンで自宅まで配送されるのである。

また、体に服がどうしても合わない時は、

返品&返金または服の修正も可能である。

ちなみに、服の素材の手触りを知りたい時には、

専用の触覚感知グローブを手にはめると、

布や金具など、素材の違いや感触がわかるのである。

しかし、エマが現在いる世界は2019年のアパレル量販店である。

体に合う服を探すか、服に体を合わせることが「一般的」だった。

エマが求めるサービスに近いのは、一部のネット通販会社だけだった。

《あぁもう!面倒臭くなってきた!いちいち探さないとダメなの?》

エマは何着か自分に合いそうなサイズの服を適当に選んでカゴに入れ、

店員を見つけ、試着室まで案内してもらっていた。

エマは鏡を見ながら、自分が納得するまで試着を繰り返す。

一通り試着して、買うものを心の中で決めた時、

彼女はふと重大なことを思い出した。

《あれっ?そういえば、この店のお会計ってどうやるの?》

エマは、今まで現金を使ったことがなかった。

未来の世界では、現金を持ち歩く人はほとんどいない。

データ化された金銭やポイントによる決済が「普通」である。

とにかく、彼女は現金を使って買い物をしたことが無かった。

彼女は、幼い頃に祖父母とボードゲームやゴッコ遊びをした際に、

おもちゃの紙幣とコインを使ったぐらいである。

《まっ・・・まさか、現金?》

エマは紫の風呂敷包みから財布を取り出すと、

中に紙幣と小銭が入っているのを確認した。

紙幣は、千円札、五千円札、一万円札など色々な時代のものが複数あった。

《確か一万円札が、一番高いお金だった・・・気がする。》

財布には、数種類の一万円札があった。

《でも、この時代の一万円札って福沢諭吉と渋沢栄一、どっちだっけ?》

試着室を出て、レジにておそるおそる財布から現金を出す。

エマは、渋沢栄一の描かれた一万円札を1枚、財布から出していた。

「あの、お客様・・・これは・・・?」

店員は訝しい顔で一万円札を見た。

「あぁっ!す、すみませーん!」

エマは大慌てで、渋沢栄一の一万円札を引っ込め、

福沢諭吉の描かれた一万円札をシュババッと出した。

「間違えました!こちらでお願いします。」

「はい、一万円、お預かりいたします!」

エマは釣り銭と商品の入った袋をレジで受け取ると、

そそくさと女子トイレへ入った。

エマはトイレの個室内でガサゴソと着替えながら、

頭の中がグルグルしていた。

額には冷や汗がじわっと滲んでいた。

《ふー、現金って初めて使ったよ。緊張した。

いつもはポイントとか、お金データで支払いしてるから・・・

一万円札・・・福沢諭吉だったわ。渋沢栄一じゃなかった。

思いっきり間違えちゃった。

危ない危ない・・・というか、

こんな紙切れがお金として通用しちゃったよ?

嘘でしょう?本当、信じられない。》

個室から出ると、洗面台の鏡に姿が映った。

エマは厚手の灰色パーカーの上に、

黒いライダースジャケットを羽織り、

袴の如く太い幅のデニムズボンを履いていた。

エマはふと、スクラップブックが気になって開いた。

そこには、祖母の小浪(こなみ)からの手紙が挟まっていた。



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